吉田松陰に関する本格的な勉強を開始して,読み始めた本は三冊目に入りました.やはり,作者によって微妙に力点が異なり,松陰像も,それらを総合してみるとよく見えてくるような気がしています.
『適塾と松下村塾,凡才を英才に変えた二大私塾の教育法』 奈良本達也他著 祥伝社
また,書物を通じてだけでなく,映画からもよりリアルに松陰像を学ぶことができますので,『蒼天の夢,松陰と晋作・新世紀への挑戦』(NHKエンタープライズ)をアマゾンを通じて購入し,二回拝見しました.
主演は,中村橋之助(吉田松陰役)と野村萬斎(高杉晋作役)で,物語は,松陰が亡くなって6年後に,晋作が奇兵隊を率いて戦う時の回顧シーンから始まります.
このNHKドラマにおいて,まず,すばらしいと思ったのは,萬斎の堂々とした,そして張りのある台詞に,ここちよさを感じました.目のやり場,姿勢,しぐさなど,いずれをとっても抜きんでた晋作が演出されていました.
もともと,このドラマは,司馬遼太郎の『世に棲む日日』を基にして製作されているようですが,これについては4番目の本として,丁度読み始めたところですので,司馬が考えた松陰像に触れることになりました.
まず,松陰こと,吉田寅次郎は,杉百合之助の次男として生まれました.杉家は,わずか26石という下級武士であり.松陰は生まれながらにして,貧なる家に生まれ,出世をめざすならば学問を積み重ねるしかありませんでした.
まず,松下村塾の創始者であり,伯父の玉木文之進によって,幼少のから厳しく教え込まれます.この教え込みは母の瀧を心配させるほどでしたが,幼き頃から学問の修業をさせられたことが,後の学者としての松陰の進路を決めていきます.
この特訓のかいもあって,10歳のときに,藩主の毛利敬親公の前で講義を行うまでになります.
こうして,松陰は山鹿流軍学者として成長し,萩藩校明倫館の教授となっていきます.普通であれば,ここでめでたく職を得たので,後は恙無くという人生をおくることで留まるのですが,松陰の勉強意欲は,この壁を軽く突き破っていきました.
それを決定づけたのが,平賀藩(佐賀県)に出向いての勉強旅行でした.ここには松陰が読みたいと思っていた書物がたくさんあり,これらを読破,そして抄録づくりに打ち込んだのでした.
ここには,海外事情を記した書物がいくつもあり,これを読むことによって,松陰は海外情勢に関する知識を大いに得ることができました.
この勉強旅行の成果は,ますます松陰を旅行好きにし,江戸へ,そして東北へと進展し,自分の足で日本列島の大部分を踏査していきました.
このとき,松陰は,平賀藩で読んだ本のなかにアヘン戦争の記述があり,どのようにして諸外国からわが国を守るかを必死で調査し,考えていました.
ここが並みの学者とは違うところで,国難問題を真剣に真正面から受け留め,自らの足と目で確かめ,どうするかを考えていったことに,松陰の卓越した素晴らしさがあります.
しかも,それを敢行したのが二十代の半ばのころですから,じつに素晴らしい若き学者といえます.
今の世代と比較すれば,大学院を出た頃ですが,この進んだ世の中と比較しても,いかに松陰の行動が卓越して時代を突き抜けていたかがよく理解できます.
さて,このドラマのテーマの一つに,母と子の情愛があります.母の瀧(たき)は名優十朱幸代が演じていました.
瀧は,厳しい勉強で疲れていた寅次郎を風呂に入れて慰労します.そして,「母より早く死なないように」と指きりで約束させます.
母としての瀧には,寅次郎の将来において何らかの不安めいたものがあったのでしょうか,この思いと松陰との約束が,ドラマの最後まで貫かれていました.
若くして学問の研鑽を行ったがゆえに,国内外の事情についても通じるようになり,それが自らの行動を左右し,やがて身を危うくするまでの人生となっていくことを母親の瀧は,なんとなく感じていたのかも知れません.
やがて,浦賀にアメリカのペリーが来航し,松陰は,この黒船船団を自分で観察することができました.自分が足を運んで勉強し,心配していたことが,目の前で起こったのですから,松陰にとっては,ある意味で「必然の出来事」になってしまったのでした.
つづく
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