黒船密航を共に企てた金子重之助が亡くなり、野山獄の中で、松陰は、ただ一人悲嘆に暮れていた。

「金子君、真に申しわけない、私はあなたを見殺しにしてしまった。申しわけない!」

草葉の陰から、その金子の声が聞こえてきた。

「松陰先生、そんなことはありません。私どもの願いは叶いませんでしたが、私は、先生と一緒にとった行動を後悔していません。

むしろ、誇らしいと思っています。それに、あのペリー提督と堂々と渡り合ったのですから、私は、その時の先生のお姿を見て、なんと嬉しかったことか。

ペリー提督は、先生の言動に興味を示されていましたし、尊敬の念すら浮かべていました」

「金子君、君も、そう思っていましたか。私も、ペリーはなかなかの人物だと思いました。

何といったらよいのでしょうか、彼個人の考えと国に対する考えがしっかり結びついているというか、そこに矛盾がないのです。

これについては、私たちは大きく遅れています」

「そうですね。わが国では、徳川幕府がどうの、天子様がどうだ、という議論をしていて、その次がありません。それから、あの黒船、立派でしたね。彼らの文明の高さが、あの船に現れています。船の中に入ってますます、そう思いました」

「やはり、金子君もそう思いましたか。はるか、海の向こうから来ただけあって、珍しいものがたくさんありました」

「先生も、そうでしたか。私は、すぐにペリーの大きな机の上を見ました。 なにやら、地図のようなものがあり、その上に丸い皿のようなものがあり、そのなかに針がありました。あれは、何だったのでしょうか?」

「あなたも、あれを見つけましたか。あれは、きっと磁石というものですよ。私も、実物を見るのは初めてでした。

あの針の方角が北を向いていて、あれを地図の上に乗せると、現在の位置や進む方向を理解することができます。

あれは、きっと『磁石』と呼ばれるものですよ!金子君」

「あれが『磁石』ですか、珍しいものを見ました。それから、机の上に下がっていた光るもの、あれは何ですかね?」

「あれは、ランプと呼ばれるものですよ。夜になっても、あれで書物を読み、文書を書いているのですね。風が吹いても、船が揺れても消えないのでしょうね」

「いやぁー、あれも素晴らしかった。それから、兵士が持っていた銃、これも見たことがないものでした」

「どれひとつとっても、わが国は、大きく遅れています。しっかり勉強して、進んだものをどしどし取り入れる必要がありますね」

「そうですよ、攘夷、攘夷といってばかりは、おれません。それにしても、松陰先生、アメリカという国は、どんな国なんでしょうか?」

「金子君、あなたもそう思いますか? じつは、私も同じ思いを馳せていました」

松陰は、居るはずもない、金子重之助に、ひとり語りかけていた。

その時、「寅次郎、寅次郎!」と秘かに呼ぶ小さな声が聞こえてきた。松陰は、金子がまた呼び掛けてきたと思って、気にも留めなかったが、再び、その声が聞こえてきた。

「寅次郎、おい寅次郎!」

「ーーー 重之助であれば、寅次郎とは呼ばないはずだが・・・・・」

「おい、寅次郎、おれだよ、周布だよ!」

牢屋の格子の向こうの暗闇には、周布政之助がいた。

「周布? 久しぶりだな! 周布!」

暗闇の中から、周布の明るい顔が見えてきた。

つづく

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8b/Matthew_Calbraith_Perry.jpg

ペリー提督(大佐)