荷物の中から出てきたもう一つの資料はH君のものでした。彼とも、忘れることができない思い出があります。

たしか、彼が高専1年生の頃だったと思います。当時、私は剣道部の顧問教員でして、学生たちと一緒に放課後は剣道で汗を流していました。

こう見えても、剣道は小学校4年生から大学まで続けてきましたので、4段の資格を持っています。また、真剣を用いての居合抜きもしていましたので、剣の道を少し分け入ったことになります。

その剣道部にH君が入ってきて、一緒に練習する仲になり、彼のことを知ることになりました。

その彼が、成績で最下位に近く、高専に来たことが間違っていたと進路に悩んでいると聞いて、彼を更生させようと思いました。

当時の彼は、高専に来たことが間違いではなかったのかと思い続けていましたから、高専での勉強に力が入らず、動揺を繰り返していたので、無気力になるのも当然のことでした。

そこで、H君との会話が始まりました。剣道で同じ汗を流した仲ですから、彼の方も、徐々に心を開いてくれました。

そして、自分の進路に悩んでいることを、最後には素直に打ち明けてくれましたが、もともと無口の彼ですから、なかなか本音を語ってくれるまでには時間を要しました。

「自分が辞めたいという気持ちはわかるけど、本当にそれでよいかをじっくり考えてみたらどうでしょうか。

これから、高専はあと5年もあるのだから、なんなら、それを全部使って考えてみることもできるよ。

おそらく、君が出そうとする結論は、十分に考えた末のことではないと思われるので、もっと、しっかり考えた方がいいよ。5年で足りなければ、大学と大学院にいって、さらに4年間も考えることができるよ。どうですか?」

こういいながら、こちらは、「よく考える」作戦を展開しました。こうして、会うたびに、よく考えたか、よく考えてみたらと、考えることを促していったのです。

そうすると、当の本人も、よく考えていなかったことが徐々にわかってきたようで、

「先生、これからよく考えてみます」

というようになり、これでひとまず、この作戦は停止、彼の、その時の表情を見れば、それでよいということがよくわかりました。

「そしたら、どうかね。ひとつ、それを考えながら、勉強をしてみたらどうでしょうか? それも悪くないよ!」

こうして、かれは、ひたすら、こつこつと勉強に励むようになりました。

この変身ぶりに、それまで、辞める辞めないでおろおろしていた母親の方が吃驚して、訪ねてきました。

「おそらく、これで大丈夫だと思います。将来のことをよく考えなさいよ」とだけ、いってくださいと頼んで、共同作戦を展開しました。

そして、この時の成績が最下位から、たしかクラスで5位に急上昇したのです。これには、クラスの友人たちも吃驚で、たちまち、彼のことが評判になるほどでした。

彼にしてみれば、頑張ればやれるということが証明されましたので、結局、このパターンが継続され、その後、卒業研究で私どものところに来て、大学、大学院へと進むことになりました。

その彼が、真剣に卒業研究に取り組んだ時の資料ですから、それがどの程度のレベルで、どこまでやれたのか、どこに苦心したのか、ブレイクスルーがあったのかが、つぶさにわかる資料だったので、とても貴重なものだと判断することができました。

一時の悩みや迷いは誰にもあるわけで、それを真正面から考えさせることが大切であったというのが、このH君の典型的な事例でした。

これから、N君とH君の事例を詳しく分析・考察して、今、執筆中の論文に活かさせていただきたいと思います。

つづく