松陰は、声の方を振り向くと、そこには、わが目を疑う方が立っておられた。

「寅次郎、久しぶりじゃのぉー。いろいろと苦労かけるのおー」

その声の主は、毛利敬親公自身であった。

「殿が、どうして、ここに、・・・・・・」

松陰は、驚きのあまり、声が出なくなっていた。

「寅次郎、済まんのぉー、わしは、そなたを救いたかったんじゃー!」

どこまでも、藩の侍を大事にする敬親公であったが、その思いが、とりわけ松陰に対しては強かった。

それも、そのはず、松陰は、10歳の時を皮きりにして、彼の前で何度も講義を行い、その将来を嘱望されていた人物であったからであった。

「寅次郎!身体を悪くしていないか? すまんのぉー」

松陰は、その言葉に心底感激し、いままでこらえていた涙がどっと溢れるように出てきた。

「------ ここまで、わしのことを考えてくださっているのか」

「寅次郎、決して死ぬなよ!」

敬親公は、こう言い残して去っていった。そこには、周布政之助が一人残っていた。

「寅次郎、お前は果報者よのぉー」

「政之助、これは、どういうことだ! なぜ、敬親公は、こんなところまで会いに来たのか?」

「お前に会いたかったからであろう」

「------ ただ、それだけで会いにくるはずはない。きっと、なにかあるはずだ!」

「それだけで、わざわざ、こんなところまで、敬親公がくるはずがない。政之助、これには理由があるはずだ!しかと、説明を頼む!」

「寅次郎、じつは、その通りだ!お前も鋭いのぉー。そうせい公、おっと、敬親公はのぉー、お前が元気かどうかを確かめにきたのじゃぁー」

「それは、どういことか?」

「じつはのぉー、この前、あのアメリカのペリーから密書が届いたんじゃ・・・・・・」

「------ あのペリーから、だれ宛に? 風の便りでは、琉球国と友好条約を結んで立ち去ったと聞いていたが、あのペリーが? どうしたのだろうか?」

「もちろん、ペリーの密書のあて先は、敬親公じゃよ。それで、わしが内密に呼ばれたんじゃ」

「何て書いちょったのか?、その密書には・・・・・」

「そう、慌てるな、いまからゆっくり説明するから、よう聞いちょれよ!」

周布は、ペリーが、長州藩と近い将来自由貿易をする可能性はないかと打診してきたことを得々と説明した。

もちろん、これは幕府には内緒の話として、近い将来に、そのつもりはないかという問い合わせであったが、これは敬親公にとっては腰を抜かすほどの大事件であった。

大胆にも、ペリーは、幕府とは別に、長州藩にも接近しようとしてきたのである。

「そうせい公は、どうされたのじゃ? ペリーの密書を読んで・・・・・」

「それがのぉー、意外と冷静で、落ち着かれておられた。ふしぎじゃろ!」

周布の、いう通りであった。

松陰が知っている「そうせい公」であれば、腰を抜かすかどうかは別にして、そうとううろたえるような大事件であった。

「------ それが、落ち着いていた? そんなことはない。それとも、ほかに何かがあったのか?」

つづく