周布政之助は、不思議そうな顔つきで呟いた。

「わしも、ふしぎなんじゃー、あの『そうせい公』が、ことお主のこととなると、それこそ、ころっとかわるんじゃー。ふしぎじゃのぉー」

「まことにありがたいことじゃが、その密書にはなんと書かれていたのかのぉー。 お主は読んだのか?」

「おぉー、たしかに読んだ! 寅次郎、今度は読んだわしの方が腰を抜かしそうになったぞ!」

「それで、何と書いとったんじゃー?」

「まぁー、待て。話には順番がある。寅次郎、お主は浦賀沖でペリーと会ったといったのぉー、その時のことを思い出してくれー」

「そのとおりじゃ、ペリー提督は、アメリカ大統領が遣わした代表だけあって、さすがに堂々とした立派な軍人じゃった。わしはあんな威厳のある軍人を見たことがなかった」

「そうか、わしも会いたかったのぉー、そのペリーはお主のことを何といっておった?」

「わしは、アメリカに連れていってくれと頼んだ。命をかけてのぉー。しかし、断られた。

ペリー提督の立場を考えると、無理の頼みだったちゅうことはよくわかっちょったがのぉー。結局、最後まで、この頼みは受け入れてもらえんかった」

「それは、そうじゃろー。わしだって、断るよ」

「わしが浅はかじゃった!」

「その通りじゃー、少しは懲りたか」

「残念、もっと良い方法を考えればよかった」

「なんじゃと、それでは、お主は反省しとらんちゅうことじゃないか」

「そうなるかのぉー、政之助、それでペリー提督は何といってきたんか?」

「そうじゃったのぉー、ペリーは不思議な申し入れをしてきたんじゃー」

政之助の説明によれば、それは次のような申し入れだった。

だれか、一人、日本語のわかる水夫を雇いたい。できれば、若い、勉強好きの武士がよい。

また、この申し入れはすべて内密とし、雇った水夫の将来は約束できない。それでもよいなら、一人推薦してくれという主旨の内容であった。

「そうせい公から、これをどうするかを内密に検討せよといわれ、わしも困ったんじゃー。

なにせ、将来どうなるかもわからないところに、しかも水夫の身分で出すわけにもいかない、これは断るしかないと申し上げたんじゃ。

そしてら、そうせい公から、えらい怒られてのおー。お前は、それぐらいのことがわからんのか、よう考えてみぃー、といわれたよ。

そしたら、お主のことが頭に浮かんできたんじゃー。

いゃ、ペリーは水夫といいながら、じつはお主を雇ってアメリカに連れて行きたいと思ったんじゃないか、そうに違いないとおもったわけじゃ」

「それで、そうせい公は何といったんじゃー」

「何もいわなかったよ、後はわしにまかせるということじゃー」

「そうか、それで、わざわざ、ここまで来てくださったのか!」

「いや、そうせい公は、来てないぞ。それは、お前の幻覚か、夢のなかの話じゃー」

「そうか、そうであろうのぉー。あれは夢だったのか?」

つづく

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