明け方、松陰と晋作は、長戸の土井が浜まで辿りつき休憩した。
広い砂浜が延々と続き、みごとな浜の光景があった。ここは、古代石器人が住んでいたところであり、文明の発生地でもあった。
「先生、おふくろが握り飯を作ってくれました。これを食べて元気を出しましょう」
「晋作君、すまんのぉー。ありがとう。ところで、だいじょうぶかのぉー、わしを案内したことが後で藩に知れたら大変なことにならんかのぉー」
「だいじょうぶです。周布さんからしかといわれています。なんとかうまくやってくれますよ」
「そうかのぉー、すまんのぉー」
「ところで、ペリーは、よほど先生のことが気になったのでしょうね。琉球に行った後に、わざわざ、戻ってくるのですから、これは普通ではありえないことです。いったい、先生はペリーとどんな話をされたのですか」
「一晩かけていろいろな話をしました。お互いに意見が一致したことと、そうではなかったことがあったけど、あっという間に時が過ぎていきました」
「一番意見が合わなかったことは何じゃったんですか?」
「それは、わしが大罪を犯してまでもアメリカの船に乗り込むことを家族が了解しているかどうかという問題じゃった。
わしは、自分が信じてやることには、それを家族に説明しなくてもわかってくれる、それが日本の侍の家族なんじゃといったが、これについては、最後まで理解してもらえんじゃった」
「どうしてですか?ペリーは、わしら侍の心がわかっていなかったちゅうことですか?」
「そうなんじゃ、ペリーはのう、命をかけてやる仕事であったら、まず家族に相談し、必ず了解を得てから行うとしきりにいうとった。わしらのように黙っていても理解してくれるということが信じられないようじゃった」
「なんで、侍のやることをいちいち家族に相談せんといかんというのですか?」
「どうやら、そこが違うようじゃ。ペリーさんは、大事な仕事であれば、まず最初に家族に話をし、その了解を得てから行うというんじゃ」
「ということは、家族に反対されたら、その仕事をしないということになりますね・・・」
「そうじゃ、それでもいいちゅうことじゃ、どうもその辺がわしらとはちがうのぉー。それでのぉー、家族に相談しないことは、家族を愛していないからではないかとまで詰め寄られたてのぉ―・・・」
「ぺりーのやつ、なんちゅうことを、そこまでいわれて先生は、・・・・・」
「家族のことを思わぬ侍が、どこにおるか、と怒ったよ。それで、さすがのペリーも黙ってしまったよ!」
「ところで、ペリーの国には将軍様がおるんですかいのぉー?」
「おらん、かわりに、大統領とかいうのがおるらしいよ」
「大統領、それ何ですかのぉー?」
「選挙とかいうもので、みんなで選ぶそうじゃ、それから、誰でも大統領になれる資格があるそうじゃ」
「百姓でもなれるんですか?」
「そうらしい、百姓でも大統領にもなれるじゃから、百姓や商人でも、政治家や軍人になれるということなんじゃ」
「国が違えば、なにかもちがうんですねー」
「そういうことじゃ、晋作君、わしはアメリカのことをよく勉強してくるからのぉー。さあ、そろそろ出発しよう」
「そうですねー。先生、わしも、一緒に行きたくなってしまいました」
二人は、長く続く土井ケ浜の砂浜をひとひたと歩き始めていた。
もう、そこには二人の希望に満ちた会話はなく、潮騒のみがただあるのみであった。
つづく
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