長野県の南(「南信」と呼ばれるそうである)に小さな村「阿智村」があります。この

地には、4月末から連休にかけておよそ20万人の方々が訪れるようになっていま

す。その大半の方々の目的は、花桃を見ながら散策をすることです。聞くところによ

れば、この谷合には数千本の花桃の木が植えられているそうです。ところで、この

聞きなれない「花桃の木」のことですが、その原生は、ドイツであったそうです。

昔、「電力王」と呼ばれた、福沢諭吉の娘婿の福沢桃介さんが、ミュンヘンに赴

き、視察した発電所の庭に、この花桃が咲いていました。赤、白、ピンクの花が同じ

枝に咲き別れる花桃の鮮やかさに見とれた桃介さんは、この木をぜひ日本に持っ

て帰りたいと思うようになり、その3本をもらいうけます。そのうちの1本を阿智村の

方が頼み込んでいただき、この植樹が開始されたそうです。それが毎年増やされ、

今日では、みごとな花桃の里ができあがるにいたったようです。

まずは、その花桃をご覧いただきましょう(㈱ナノプラネット研究所大成由音氏撮

影2008.4.27)。この花桃が数千本も咲き匂う里、ここは「現在の桃源郷」といえま

す。

じつは、この桃源郷で、「阿智村プロジェクト」と呼ばれる「マイクロバブル技術の

適用」がなされてきました。その開始は2007年6月1日からで、以来10か月間の歳

月が過ぎましたが、その間の実績が認められ、阿智村に「ブレイクスルー技術研究

所阿智」の設置が認められました。その写真の撮影日は、2008年4月27日ですが、

この日に、その開所式が挙行されました。

さて、「ブレイクスルー技術研究所」は、日本高専学会内に2007年9月に設置され

た研究所のことですが,筆者は、その研究所長を務めさせていただいております。

この「ブレイクスルー技術」とは、聞きなれない言葉ですが、人々の生活や産業を根

本的に変革して世の中に役立つ「技術」のことであり、本研究所の目的は、その技

術の研究開発に真正面から取り組むことにあります。

この研究所設立と同時に、その最初の実験地として阿智村が選ばれ、現地のみ

なさんと協力して上記の「阿智村プロジェクト」が開始されましたが、文字通り、この

プロジェクトの成功の可否が、研究所の最初の試金石として試されることになりまし

た。この阿智村プロジェクトの実績については、後ほど詳しく紹介させていただきま

すが、このプロジェクトを進めるなかで、阿智川ホテルの山口会長さんと阿智村村

長の岡庭さんから、そろって次のように尋ねられたことがありました。

「先生、この阿智村に研究所をつくっていただきたいのですが、どうでしょうか」

このお二人が、どのように研究所を立ち上げについて思われていたかは定かで

はありませんが、私は、この質問に対して、「鉄は熱いうちに打て」と思い、即座に

対応しました。

「わかりました。すぐに作りましょう。看板1枚だけでもよいから、それを掲げてス

タートさせましょう。なによりも実績で勝負するのが大事ですから」

この即決には少々驚かれた方が少なくなかったようですが、文字通りの「善は急

げ」の対応となりました。

じつは、この看板1枚の発足についても、ささやかな経験がありました。1991年

に、徳山高専に「地域協力開発センター」を発足させたときも同じで、会議室に、そ

の看板1枚を掲げた状態から開始した経験がありました。私にとっては、看板1枚あ

れば十分で、大切なことは、阿智村プロジェクトを成功させることであり、ひいては

阿智村の振興(「第5次総合計画」)を実現することでした。

こうして、あれよ、あれよと言う間に、「ブレイクスルー技術研究所阿智」の開所式

の話が現実化し、それでは、花桃の季節に、みんな集まってスタートさせましょうと

いうことになりました。 この花桃開所式は、じつに爽やかで楽しいもの、「ここちよ

い」ものとなりました。この桃源郷に、映画「7人の侍」に出てくる「サムライ」たちが

集結したからでした。

Hanamomo1_6