それから110年、こちらの出来事は、2008325日の夜9時すぎのことでした。

そのときの人数は、私を含めて6名、内23名は、その光を確認できなかったよう

で、ここでは半々となりました。110年前のフランスでは、誰にもわかるほどの強い

光でしたが、こちらは非常に弱い光であり、その光を放つ一瞬を水面下において自

分の目で確かめなければならなかったことが、その目視観察の結果の分かれ目とな

りました。 

この遭遇に関連して私がもうひとつ思い浮かべたのが、これもフランスの「グ

リーンハウス」という家での出来事でした。これについては映画がなく、書物で

知ったことですが、大学を追われて一人になっても、自説を貫き、ブレイクスルー

の科学研究を実行していった科学者の物語です。この科学者はATPと呼ばれるた

んぱく質の働きの解明をなされた方ですが、今度の結果は、これにも関係していま

すので、これも不思議な共通性が確認されます。さらには、このグリーンハウスに

戻ってきた方もいるという共通性(彼のもとに、大学で共同研究をしていた助手の

先生が戻ってこられることについてですが)、ここにも歴史の不思議さを感じてい

ます。 

さて、わたしどもが、共有した科学的発見の場は、前述の二人の「おんぼろ実験

室」でもなく、自宅を改造した「グリーンハウス」でもありませんでした。なん

と、それは、小さな村が経営する入浴施設の「露天風呂」だったのです。それは、

長野県阿智村の「湯ったりーな昼神」という入浴施設でした。 

その日は、村人との会議が長引き、食事を済ませて、そこに行ったのは9時を過ぎ

ていました。風呂の電灯をすべて消していただき、その世紀の観察が始まりまし

た。夜空には満天の星が輝き、風呂の中では、「見えた」、「見えない」の歓声が

上がりました。

私は、その前夜に電灯の下でも、その発光を発見していましたので、再度の観察

となりましたが、それを見出すたびに、「これで間違いない」、「これで間違いな

い」と自分に言い聞かせていました。

風呂に入って、後述の「心地良さ」を感じるという思いは、すべて消え去り、見

えるか、見えないかという科学実験を行う心理がすべてを支配し、その確認のたび

に喜びを重ねていました。おそらく、世紀の発見が、6人と一緒にお風呂の中でな

されたという事例は、これまでにはなかったことと思われますので、じつに楽しい

一時となりました。

  前置きが長くなりました。その発見とは、露天風呂のなかで無数の光マイクロバブ

ルを見出したことです。まず、吃驚したのは、その数の多さです。露天風呂のどこ

にいっても、どの深さにおいても、すぐに大量の光を確認することができました。

ただし、ひとつひとつは、小さく、わずかな光量ですから、慣れていないと見えな

い人も出てくるわけで、「見える」、「見えない」で別れるところが面白いところ

です。

私は、長い間、この観察をしてきましたので、すぐに確認できました。前夜は、

電灯をつけたままでしたが、わずかに暗い部分があり、もしやと思って見ると、そ

の予想通りの観察ができました。そして明日は電灯を消して再実験をしようと思い

ました。その時、光マイクロバブルの色は、白と青がおおく、ほかにはオレンジ色

の薄いものもありました。

そして翌晩、私の次に加田先生が、この光を確認、青と白があることも告げられ

ました。

 「みえた」、「すごい!」、「みえる」、「みえない」、このように嬉々と悔しさ

が混じった言葉が飛び交いました。慣れてくると、水面から目を離してみても容易

に、その光を確認することができるようになりました。この場合は、時々、少し大

きな明るい光を放つ現象が多く、その光によって、底の石の模様まで見えているよ

うな気がしました。

こうして、人類史上初の「光マイクロバブル風呂」の確認が大衆的にできたわけ

です。これは、とてつもない大きな発見といえます。なぜなら、この発見(「知の

創造」)が、計り知れない社会経済的価値と結びつくからです。

前日、私たちは、二時間の入浴を2回、つまり合計で4時間の入浴を行いました。

通常では考えられない入浴時間ですが、それができたのは、入浴が「心地よい」か

らでした。これを共有し、わいわい歓談していると、あっというまに時間が過ぎて

しまったのです。その間、光マイクロバブルのない、お湯に入りますと、五分も待

たずに出たくなりました。その心地よさの違いを確認したのは私だけではありませ

ん。つまり、光マイクロバブルが、独特の「心地よさ」を生み出してしることを確

認したというわけです。

この4時間入浴を体験して、その翌日の朝(25日)に最初に思ったのは、次のこ

とでした。

「これだったら、ほとんどのみなさんが健康になれるのではないか」 

この実感は、私自身の体調改善に基づいていますし、さらには、この入浴によっ

てさまざまな改善がなされてきた事例とも「ぴったり」くるものでした。また、最

近の、この温泉水を用いた物理化学的、そして生理活性実験の「結果」ともみごと

に適合するものでした。

「これで、この温泉は日本一はおろか、世界一になる」

この実感も深めることができました。そして、この出来事は、これから、自然に

伝わり、多くの喜びと幸福をもたらすことになるであろう、おそらく、現代版「わ

らしべ皇子」の最後のシーンへと近づいていくであろうとも思いました。

 つまり、日本中から、物見遊山も含めて、この温泉に入りに来る、そして、入った

後に、また、その心地よさを求めて再来する、このような、阿智村にとっても、今

後、「とてつもない事件」が起こるようになることが予想されます。

  以上がメールの原文です。今となっては少々書きすぎのところもあります。いろいろとご批

判は覚悟の上ですが、正直に、そのままを示させていただきました。