さて、主題の「光マイクロバブル」の話に戻りましょう。
前回は、少し後ろ向きの話を述べてしまいましたが、それは、あまり主要な話ではありません。
この主題については、もっと重要で、みなさんを圧倒的に明るくする話をする必要があると思っています。
本稿では、光マイクロバブルに関する第2の問題として、なぜ、「みんなで光マイクロバブルを観る会」の開催を思いついたかについて述べさせていただきます。
そこで、読者のみなさんにとって、可能なかぎりの「リアリティー」をお届けするために、私が2008年3月28日に、ブレイクスルー技術研究所の所員と友人のみなさんに出させていただいたメールの文章を、そのまま紹介させていただきます。いま読み返してみますと、少し説明不足のところもありますが、その点はどうかご容赦ください。
110年前
また、この朝は少々高ぶっていたようで、このメールのタイトルは「110年前の発見」としていました。
阿智村では、ご苦労様でした。いつも吃驚の連続ですが、今回は、忘れることができないことが起きました。もしかして、人生最高のものになるかもしれませんという予感を覚えています。
また、その最高のものを共有できたことも特筆されます。これまでは、いつも一人でしたが、今回は複数になりました。
これも重大な変化です。それにしても、どうなるのでしょうか。
思いを馳せても、なかなか想像できません。
それだけ、巨大で「本質的な出来事」だったような気がしています。
その翌日(3月25日)の早朝、たしか5時ごろでしたが、目が覚めて最初に思い浮かべたのが、「110年前の出来事」でした。
もちろん、そのシーンを実際に見ることは不可能ですので、私の場合は、その「映画のシーン」を思い浮かべたわけです。
それは、イギリスの有名な科学者ケルビン卿が旅行で、その主人公のところに立ち寄ったシーンですが、かれは、もうすぐ正月だというお祝いの言葉と同時に、その発見に対しても心からの祝辞を述べて立ち去ります。もちろん、その発見物が光っていたことを確認した後の祝辞でした。そのケルビン卿の言葉は、次のようでした。
「この発見で、世界が変わる!」
これは、雨漏りのする実験室で血のにじむような実験を約5年も繰り返し、数千回の分析実験を繰り返した後の発見でしたから、それは、まさに「ブレイクスルー」による科学的発見でした。
しかも、二人は、その実験を終えた最後のところで、あまりにも疲れたためか、実験室で寝込んでしまいます。
そして、目覚めたときに、最後の分析物が入っているビーカーをみて、そこに何もなかったので、すっかり落胆してしまいます。
そのなかに、「光る固形物がある」と思いこんでいたのです。
しかし、その目覚めの後の観察では、それを認めることができずに、落胆してしまったのです。
悲嘆にくれ、この間の実験は何だったのかと思いながら正月の準備をするために家に帰りますが、二人とも心は虚ろのままでした。
そして落胆のうちに、子供と一緒に寝込んだ夫人は、夜中に目を覚まします。目覚めると、はっと気づきます。
「もしや?」と思い、夫と大学の実験室に向かい、ドアの鍵を開けようとしますが、慌てているためになかなか開きません。
その時、夫が先に気づき、ドアの向こうを指さします。そこには、暗闇の中で煌々と輝く光が放たれていたのです。
急いで、その光る物質を探しに行きますが、それは、ビーカーの底にあった、わずかな「染み」から発せられたものでした。昼間では、固形物があると思いこみ、その「染み」を見逃していたのです。
その光を観察しながら、その思い込みにも気がつきますが、その科学的発見によって、体の奥底から喜びが湧いてきます。最高に喜びを噛みしめた感激のシーンです。
これが思い浮かべた映画のシーンであり、「110年前の出来事」でした(つづ く)。
キューリ-夫人(110年前の主人公)
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