昨日は、うれしいことがありました。久しぶりに、㈱APJの山根さんから、マイクロバブル育ちの
野菜が届いたからです。早速、夕食において賞味させていただきました。
まずは、レタスとトマトを生で食べました。いつも自然の味が最高と思いますが、このマイクロバ
ブル育ちの野菜の味は、それに該当します。
食感や味のことは、なかなか表現しにくいことですが、とにかく、食べて、「美味しい」と感激する
ことから始まります。これには、柔らかさと自然の味といいますか、野菜本来の味がすることに関
係していると思います。
次に、チンゲンサイ、コマヅナ、レタスのシャブシャブに移りました。これが、また感激の連続
で、こんな美味しい野菜は食べたことがない、これが正直な思いでした。もちろん、スーパーなど
で購入した通常の野菜では、このような食べ方をしませんし、このマイクロバブル育ちの野菜の
味を知ってからは、めっきり、その通常野菜を食べたくなくなりました。
この感激に酔いながら、映画「武士の一分」の食事のシーンを思い出しました。主人公の食
事は、文字通りの「一汁一菜」でした。この用語は、「粗末な食事」を表すもので、この映画の
シーンも、それを示したものと思っていました。
ところが、マイクロバブル野菜を賞味させていただき、これには少々疑問が湧いてきました。
昨夜の食事を振り返りますと、生のマイクロバブル野菜とその汁だけで、大満足の最高の食
事が十分にできたわけですから、「一什一采=粗末な食事」は成り立たなかったことになりま
す。
もしかしたら、この武士が生きていたころの野菜は、マイクロバブル野菜のように美味しく、
それを食べるだけで、昨日の食事のように、かなり満足できる美味しさだったのではないかと
推測するようになりました。
このマイクロバブル野菜だけで十分満足できる食事、これには深い意味がありそうで、その
考察を少し詳しく進めてみる価値がありそうです。
なお、山根さんが生産された野菜は、「グリーン・グリーン」という関連会社名で関西方面で
販売されています。
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