「マイクロバブルに虜になった人」、「マイクロバブルなしには生きていけない人」、

「マイクロバブルでアンチ・エイジング(抗加齢)に挑む人」、「マイクロバブルをこよ

なく愛せる人」、このような人を「マイクロバブル人」と呼ぶことにしています。

近い将来、この新人類が巷に溢れてくると予想しています。なぜ、それが現実味

を帯びているのか、その理由は、これから述べるマイクロバブル人のなかに認めら

れる「普遍性」の強さにあります。

それでは、前口上は短くして、さっそく最初のマイクロバブル人に登場していただ

きましょう。

それはKさん、このシリーズに最初に登場するのにふさわしい方です。

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時は、2001年に遡ります。三重県志摩町(当時)で、アコヤガイの養殖改善に取

り組んでいたときに、公営のテレビ局の取材を受けました。山口支局の担当のカメ

ラマンと一緒に出かけていきました。風の強い、寒い日でしたが、よく晴れていまし

た。

このときは、たしか私たちが、この研究に取り組み始めて2年目だっと思います。

現地で取材が始まり、若いOカメラマンが、私にそっと耳打ちをしてきました。

「あのもう一人のカメラマンは、我が社(彼らは、そのように呼んでいる)のなかで

一番難しい人といわれていますので、先生も言動に注意して慎重な対応をよろしく

お願いいたします」

こういわれると、こちらも、そのように意識せざるをえない。寒い時期ですので、撮

影は30分以内、たしか20分程度で、水中撮影が終わりました。

この間、ハイビジョンの水中カメラを駆使して撮影しているのは、その難しいことで

ナンバーワンのカメラマンであり、Oさんは、その助手として補佐役に徹していて、

その振る舞いをみると「三歩下がって待つ」とはこのことかと、緊張して対応されて

いました。

たしかに、この名物カメラマンには風格があり、撮影を終えて、船上で熱いコー

ヒーをおいしく飲んでいる様子は、野獣の王ライオンのようで、そのそばには、O

カメラマンがちょこんとすわっていて、この光景はなんとなく面白みがありました。

しかし、このカメラマンの撮影した映像はみごとで、その放映画像には惚れぼれ

しました。さすが、「気難しいといわれるだけあるな」と変な感心をしたりしました。

夕食は、このカメラマンと一緒で、どうなることかと思っていましたが、途中からイ

ワシの話になり、一挙に盛り上がりました。

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それは、どういうことかというと、このKカメラマンが、「イワシを水中撮影すること

ができなかった。ダイバーの吐き出す泡で、すぐにイワシが逃げていくか、イワシだ

けは、うまく撮影することができなかった」としきりにいっていました。

どうして、イワシを撮影できるようになったのかと尋ねると、このKさん、待ってまし

たとばかりに、一段と大きな声でしゃべり始めました。

「先生、私たちは、泡の出ないダイビング装置を世界で初めて開発したんです

よ。これでイワシが逃げなくなり、簡単に写せるようになりました」

なるほど、それは、すごい話ですねというと、酒のせいもあって、彼は気分をさら

によくしたようで、「気難しさナンバーワン」という最初の触れ込みは、どこかに吹っ

飛んでいました。

「ところで、先生とイワシの関係は?」

と聞かれ、「こちらは、毎回何千匹という片口イワシを殺した話ですよ」というとます

ます関心を寄せたようで、ますます、私の席のほうに乗り出してきました。

「じつは、3日間、海水の入れ替えなしで、カツオの餌となる片口イワシを水槽で

飼えるかという研究をしていました。これがなかなか難しく、『先生は、イワシを生か

すどころか、殺す研究をしているのですか』とまでいわれました」

こういうとKさんは、それは「その通りだ」とますます嬉しそうな顔になりました。イ

ワシに関しては、こちらが素人ですから、その素人に何ができるのかと思われても

いたしかたなく、現に、現地では、そのように思われていました。

イワシにマイクロバブルを与えると、その物理刺激でイワシが集団パニックを起こ

すのですが、最初は、その飛び跳ねる様子を元気な証拠と間違えるほどですから、

素人そのものでしたというと、Kさんは、ますます嬉しそうでした。

「結局、それでどうなったのですか?」

余裕のある声で、こう質問されました。

「毎回数千匹のイワシを殺しては捨てる作業を繰り返し、最後に、イワシが死ぬ原

因を突き止めました」

こういうと、Kさんの目がきらりと光りました。

「結局、イワシの下腹に泡がつくと、そこから痛んで、死ぬようで、それを回避する

にはどうすればよいか。これを可能とする方法を必死で考えました」

そして私が見出した方法は、その泡が付着しないように、すこし速く泳がせること

でした。マクロな気泡で水槽内に流れをつくり、やわらかいマイクロバブルの注入で

酸素補給と活性化を実現する、このシステムが確立してからは、イワシの斃死率が

極端に減り、現地の方々からも合格のサインが出ました。

おかげで、「イワシを殺す研究をしている先生」という汚名は返上させていただき

ましたが、隣のKさんは大笑いをしていました。

しかし、これでKさんと意気投合、翌朝、「先生、なにかあったら連絡ください」とい

われ、気持ちよい別れをすることができました。

それから、2、3年経ち、俵山温泉祭りで、その放送局の山口支局長とお会いし、

そのKさんの話をしました。そしたら、彼のことはよく知っている同僚だということで、

その場でKさんに電話をかけました。

これには驚きましたが、今度は、気難しいKさんではなく、親しいKさんの声が聞こ

えてきました。その後のことを話し合い、お互いに、これからもよろしくという挨拶を

しました。その時、東京湾の取材を行っている、私にも協力していただきたいという

依頼がありましたが、その後は、こちらの準備ができずにいました。

そして、2007年5月20日を迎えるのですが、これが、彼にとっては特別の日でし

た。その日に、私が、その日付でサインをした拙著『マイクロバブルのすべて』を受

け取ることができたのです。なんと、偶然ですが、それがKさんの誕生日であり、そ

れは、それは、とても喜ばれたようで、すぐに電話がかかってきました。

また、この誕生日は、Kさんが長く務めた放送局を退職される年齢にも達したこと

でもあり、これからの新しい人生を再スタートさせる上でも、特別の日だったようで、

真に良い日に贈った本として受けとめていただきました。こうして、Kさんとのマイ

クロバブル交流が始まりました。

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