こうしてK先生は、マイクロバブル風呂に入るようになり、文字通りの「マイクロバ

ブル仲間」になりました。Kさんの主張は、次のように、常にはっきりしています。

 「マイクロバブルのことを、とやかくいうのであれば、まず、風呂に入って体感する

ことが先です。風呂にも入らずに、マイクロバブル云々をいうのは、まやかしに近

い」

 まことに手厳しい一言ですが、それだけ、Kさんのなかに、確信に近い「重要な何

か」が生まれたからではないかと思われます。この主張は、いろいろな観察結果を

踏まえると、私も、案外正しいのかもしれないと思い始めています。

 さて、マイクロバブルの仲間入りをしたKさんと最初に交わした会話を紹介させて

いただきます。先生の研究室を訪ねると、入り口近くに大きな鏡がドアに向かって

立てかけていました。

 「この鏡は、いったい何ですか?」

 「それは、一種の魔除けのために置いています。悪霊が来たら、その鏡で追い払

うのです」

 後に、ゲゲゲの鬼太郎を心酔していると聞くことになるのですが、ここまでとは思

いませんでした。私も、「撃退されずによかった」と安堵を覚えながら、マイクロバブ

ルの印象を聞きました。それから、「縦糸に水」にように、マイクロバブルの初体験

のことを話し始めました。その一部始終は、これまで述べてきたとおりです。

 これを黙って聞いていましたが、かれの発言のなかで、「吃驚(びっくり)」という用

語がよくでてきました。

 「そうです。マイクロバブルの研究をしていると吃驚することがよくあります。私の

予想をはるかに超える出来事がいくつも起こり、吃驚の連続、これが偽らざる現実

なのです(この『吃驚現象』については船井幸雄氏も数々の著書で触れられていま

すが、マイクロバブルでも、それがよく起こります)」

 ここでK先生の名言が出てきました。

 「芸術は驚きである。山口県柳井市出身の国木田独歩が、そのようにいっていま

す。たしか、かれの代表作の『牛肉と馬鈴薯』のなかで、それが述べられています」

 「芸術は驚きである、良い響きです。マイクロバブルの吃驚現象も、芸術的文化

的要素があるのかもしれませんね」、こういうとK先生はますます身を乗り出してき

ました。

 後日、丁寧にも、独歩の『牛肉と馬鈴薯』の文庫本をK先生からいただき、それを

読ませていただきました。独歩は、当時としては珍しい食べ物である牛肉を馬鈴

薯と比較して論じていますが、そのなかで、宇宙の法則を科学的に解明することの

魅力について言及しています。

 文学者としての独歩が、宇宙の新しい法則を解明することに魅力を感じ、それを

直に触れてみたい、体験したい、驚きたい、という願いが述べられていました。これ

こそ、吃驚現象の体得願望であり、その思いに芸術性を重ねた結果でもありまし

た。

 当時の作家はみな好奇心旺盛で、独歩だけでなく、芥川龍之介も、マイクロバブ

ルのことを知ったら、すぐに、そのお風呂に入りたいといったでしょうね、とK先生

は推測されていました。驚きたい、吃驚したい、これは現代にも通じる芸術家の普

遍的な願望といえるのです。

 こう考えますと、冒頭のK先生の「マイクロバブル風呂に入る人でないと本物で

はない」という見識もよく理解できます。

 独歩、龍之介、そしてK、ここには吃驚現象において、連通する「重要な何か」が

あったのです。しかし、K先生の吃驚現象は、まだまだ序ノ口にすぎず、次々に発

生することになりました。

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