本日は、九州の博多へ向かう車中です。只今、関門架橋を越えて九州入りをした

ところです。夏らしく、青空に入道雲がいくつも並んで浮かんでいます。今日は、福

岡ヤフードームの近くのホテルで「ある方」と面会する予定ですが、そのことについ

ては、後ほど報告させていただきます。

さて、読者のみなさんから本ブログの記事に対するコメントがいくつも寄せられる

ようになりました。それだけ熱心に読んでいただいているようで、大変ありがたく

思っています。

なぜ、このようなかなりの長編ブログを書いているのか、そのことに読者のみなさ

んは、まず疑問を持たれると思います。

その理由は、次の一点のみにあります。これについては、何の「心の曇り」もあり

ません。

「マイクロバブル技術を正しく広めて、マイクロバブル社会を形成する」

そのために、学会では、シンポジウムやセミナーを開催し、企業とは共同研究を

行い、その実行の核となるVB(ベンチャービジネス企業)の支援を行ってきました。

近くの方からは、「ブログでは、あまりノウハウを詳しく書かない方がいいですよ」

とよくいわれることがあります。

しかし、本ブログは、そのような次元に留まるものではありません。マイクロバブ

ルを広め普及させ、みなさまの「いのち」と「生活」、そして「産業」にも役立たせるこ

とによって「マイクロバブル社会」を形成させる、さらには人類史的な文化としても定

着させる、このような課題に取り組んでいるわけで、そのために役立つのであれ

ば、進んで情報を開示、提供する、ここに、基本的な立脚点を置いています。

ヒトの寿命は、長くても80歳前後ですが、マイクロバブルは1995年に、この世、し

かもそれは日本で生まれて以来、1000年、2000年と生き続ける(多くの方々が使い

続けるという意味)物質である、技術であるといえます。

1000年寿命といえば、昔、薬師寺金堂を建立した西岡棟梁のことを思いだしま

す。かれは、最後の屋根の張り出しのところで、設計図よりも5mm高くせよと、その

変更を指示します。これには、弟子たちが驚き、そんな無茶なことはできませんと反

発します。そのとき、かれは、次のように威厳をもって、さらりといいます。

「1000年たったら、その梁が5mm下がって、ちょうどよくなる」

この名言に弟子たちは感動し、それを、思い直してやってのけました。こうして、そ

の梁には、西岡棟梁の「1000年の思い」が宿ったことになりました。

マイクロバブルにも、それに近い普遍的なものを感じています。それは、「岩に沁

み入る蝉の声」であり、「砂に沁み入る水」でもあるように、自然に広がっていくほど

の「優れた物質」、それがマイクロバブルなのです。

昔、「裸の島」という映画がありました。瀬戸内海で水のない小島に水を運びなが

ら作物を育てる話で、その主人公は、黙々と水を運び、作物に水をやり続けます。

何があっても、たとえ家族に不幸があっても水をやり続ける、そして最後に島中に

作物が育った航空撮影のシーンで終わりになります。

これと同じで、世の中に新しいものを「打ち立てる」には、これに似た「不屈の水や

り」作業が必要と思っています。これで大切なことは、水やりをして育つのは作物の

方であり、その成長こそ、すばらしいものだと思っています。

この「水やりのブログ」、まだしばらくは続くことになりますので、みなさまも、よろし

くお願いいたします。

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