妹の賛同は得たものの、案の定、母は猛烈に反対した。彼女にしてみれば、せっ

かく入った会社を、すぐに辞めることは考えられないことであった。会社のOL(オ

フィスレディー)として何年か働き、よき伴侶を求めて結婚する、そして孫と遊ぶ、こ

れが、彼女がひそかに夢見ていたことであった。

 「なぜ、あなたが美容師として一からやり直さなければならないの?今の仕事で

十分じゃないですか。自分から苦労する世界に、わざわざ飛び込む必要はありま

せん」

 当時の社会は、「黄金の80年代」が始まろうとしていた。女性の職場への進出に

も拍車がかかっていた。この働く女性の増加によって、彼女らが美容室の客として

新たに押し寄せてきた。

 巷では、「ウォークマン」を持つ若者があふれ、トヨタ自動車が世界中に進出して

いた。

 「自分で決めたことだから、母に反対されても、美容師の道を進む!」

 その意志が揺らぐことはなかった。母も、私の性格をよく理解していた。

 自分で美容師の道を歩むことを決め、会社に辞表を提出した。それを受け取った

上司も母と同じで驚き慰留したが、それで自分の意志が揺らぐことはなかった。

 「これから、自分が決めた道を歩むのだ!」

 我が道を自分の意志でしっかり歩けることがうれしかた。これから出会うであろ

う幾多の苦労よりも、その未来に向かう希望がより勝っていた。


 すぐに美容学校に入学、同級生よりも年齢を重ねていたので、今度は美容学校

の先生が余計なこといってきた。

 「その年で、これから美容師さんになるよりは、誰かよい相手を選んで結婚したほ

うがいいよ。その器量なら大丈夫だよ」

 なんとレベルの低い発言か、これを聞いて、しばらくは腹の虫が治まらなかった。

 「こちらは、母と会社の上司の反対を押し切って、ここまできたのに、いまさら、あ

なたに、そのようなことをいわれることはない」

 思わず、こういいかけたが、腹の中で「ぐっ」とこらえた。

 そんな「いやみ」よりも、美容技術を学ぶ方がはるかに楽しかった。髪の毛を美し

くしくすることは、女性を美しくすることであった。自分の技術と腕で、どこまでも美し

くすることができる、その奥の深さを見出す度に、自分が美容師に近づいているこ

とを自覚した。

 無事に美容学校を卒業し、ある美容室で働くことになった。さすがに、店長や先輩

のスタイリストたちの腕はすごかった。毎日、実践的に鍛えているだけあって、私が

かなう相手ではなかった。ひそかに、その腕と技を学びながら修業を重ね、開業に

備えて、一生懸命になってお金を貯めた。

 あっという間に4年の歳月が流れた。それは、「念願の自分の店を持つ」ための準

備期間であったが、肝心の「お金」が思うようには貯まらなかった。

 「どうしようか」と思いあぐねていたが、今度は、あれほど反対した母には助けを

求めることはできなかった。必死で街中を探し回り、ようやく、わずか8坪の店を見

つけた。

 文字通りの「ゼロからのスタート」であった。毎朝、自分の店の鏡に映る姿を観

て、自分で自分を励ました。

 「よし、ここまで来たからには、もう前に進むしかない。思う存分やってみよう」

 わずか8坪の空間には、なにか未来に広がる希望があった。何も怖くなかった。

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