将棋の名人に羽生善治という方がおられます。先日、NHKのアンコール放

送で彼の「100年インタビュー」という番組を拝聴しました。これはロングインタ

ビューでしたので、いくつもの興味深い話がありました。全体としては、アナウ

ンサーの質問に即座に、しかも的確にこたえることができることに、まず感心し

ました。将棋と同じなのでしょうか、すぐに返事の内容が脳内で閃くのでしょう

か、てきぱきと答えることができることを非常に印象深く思いました。

 その話の内容では、7冠を持っていた時代よりも、先を読む手数が減少して

きたということに、まず興味を抱きました。理詰めに読むのではなく、総合的な

判断を重要視するようになったというのです。この視点で、彼は、7冠が1冠ま

で減少しましたが、その後盛り返し、現在が4冠、まもなく5冠という勢いです

が、その戦いを勝ち抜いている現役です。やはり、20年の歳月が、彼に総合

戦力を見につけさせたのでしょうか、見事な強さが出てきたようです。

 第2は、大山康晴永世名人に対する印象を述べたところでした。彼とは何度

か対戦したことがあるそうですが、私の記憶では、ある時から急に強くなり、そ

れが長く続いた、タイトルを取ってから強くなったことが印象深いことでした。そ

の彼について羽生4冠は、次のようにいいました。

 「大山先生は、対戦相手を非常によく観察されていました」

 ということは、羽生4冠も、相手をよく観察していると推理しました。その観察

力が見事に現われたのが、先の杉内名人との対戦の一局だったのではない

か思いました。明らかに負け戦にも関わらず、羽生4冠は、粘りに粘って戦い

続けました。その結果、考えられないようなミスの一手を相手がさしてしまった

のです。これで形勢逆転、一気に羽生4冠有利の戦いとなりました。

 その時にも、出現しましたが、「あと一手」というときに、羽生4冠の指す指が

震えました。インタビューでは、この指が震えることについても尋ねられまし

た。

 羽生4冠は、その時が一番大切な差し手であることには間違いないが、ほと

んどは、その手が正しいのかどうか、もっと最適の手があるのではないかと、

ある意味で逡巡の気持ちを持ちながら指すときに、手が震えるというのです。

一方で、これが最善の手だと思いながらも、もしかしてもっと良い手があるの

かもしれない、さらには、悪く考えると間違っているのかもしれない、その入り

混じる思いが、その手の震えに現われるそうです。

 この思いを私なりに解釈しますと、新しいものを発見するときの心境によく似

ています。明らかに優れた結果が出ていても、「そうだ、そのはずだ」と思いな

ながらも、逆に「そうではないかもしれない」、「そうでなかったらどうしよう」と疑

いが出てきて揺れ動いてしまうのです。「意識の分水嶺」とでもいいましょう

か、その揺れの嶺を徐々に超えないと、その発見をしっかり認識できないので

す。とくに、その経験がないような新発見のときには、その動揺が小さくあり

ません。きっと彼の脳が、そのときの思いを深く刻ませようとして指令を出して

いる行為なのかもしれませんね。

 そして、最後のアナウンサーは、彼に、「プロの能力とは何ですか」と尋ねま

した。これについても、即座に、次のような返事がありました。

 「それは、継続することです」

 7冠以降の20年間、いろいろなことがあったが、その過程でいつも思いもよ

らない発見や出来事があったことで、将棋を続けることができた。その時代と

戦いのなかで自分自身を変えることもできた。その継続を可能とすることがプ

ロの能力です。このように、彼は、インタビューを結んだのです。

 ロボコンの創始者である森政弘先生も、「物事をなすには20年の歳月を要

する」とおっしゃられていましたが、これにも相通じる見解だと思います。

 マイクロバブル技術も、その装置開発までの「苦闘の歳月」を加えますと、そ

のようなスパンの時間をくぐり抜けてきました。羽生4冠は、今後も「プロとして

の継続」を粘り強く実現していくのだと思いますが、それを見守りながら、その

「真髄」を学ぶことができれば、なんと幸いかと思っています。

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