長崎から、帰りも「特急かもめ」の車中です。昨夜は、「安楽子」という居酒屋

で壱岐の焼酎をいただきながら美味しい魚を賞味させていただきました。なか

でも、〆サバと鯵のタタキは最高の味に近いものでした。

 マイクロバブルのおかげで全国の浜を尋ねて美味しいものを食べさせていた

だいたので、魚の味がすこしわかるようになりました。今頃では、三重県志摩

町における秋刀魚の一夜干しの押し寿司を思い出します。地元では、スー

パーでも売られており、そこで買って帰ったこともありました。

 今回は、鹿島建設のSさんとコンビを組んでの仕事でしたが、長崎駅前で、

彼とささやかな反省会を開いて、先ほど別れたところでした。大役を終え、少し

気が緩んだのでしょうか、電車の中でうとうととしていました。

 目が覚めて、乗り際に一袋100円で買ったみかんを食べながら疲れを癒し、

新聞を広げました。その一面記事は26年ぶりの株安で、7000円を割り込む気

配にまで到達しており、世界と日本の経済の不安定さが、その数字に現われ

ていました。世界は歴史に刻まれるほどの激動を示しているのですね。

 26年前といえば、マイクロバブル発生装置は開発されておらず、その開発の

ヒントとなった「W型」と呼ばれた装置を用いて、ゴルフ場池の水質浄化に取り

組んでいました。

 私は、ゴルフをしたことがないのですが、このときばかりは、よくゴルフ場通い

を行い、池の観察を繰り返しました。

 じつは、このときに思わぬ現象に遭遇しました。その実験池は、幅30m、長

さ50m、深さ3mの池でしたが、このW型装置によるエアレーションによって浄

化され、その池の三分の二が菱で覆われたのでした。

 池の透視度は20~30cmしなかったのですが、それが3m下のゴルフボール

までもが見えるようになり、その池の底に根を下ろした菱の茎と葉が水面まで

伸びてきたのでした。

 この菱の様は、じつに壮観であり、水環境の好転に植物がみごとに反応する

ことを知りました。全国的には、水質悪化とともに、湖沼における菱の大群が

消えていったのが1950年~1960年代でしたので、その菱のカムバックは、20

~30年ほども遡る出来事に相当していました。

 電車は特急カモメから新幹線へ、まもなく九州をお別れして山口県に突入す

るところです。

 長崎では、司馬遼太郎作「竜馬がゆく」の次の一節が目に留まりました。

 「船が長崎の港内に入ったとき、竜馬は胸のおどるような思いをおさえか

ね、『長崎は、わしの希望じゃ』と、陸奥陽之助にいった。『やがては日本回

天の足場になる』ともいった」 

 もし竜馬が生きていたら、今の世界の激動を見て、「日本を世界回天の足場

にせよ」といったことでしょう。

 今回も、不思議な歴史のロマンを感じる旅となりました。新幹線は、今、その

長州をひた走っています。

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