セレンディピティをどのように高めるか、これはとても大切なことです。だれし

も、この「幸運力」を高めて、自分の人生の彩りを鮮やかにしたいと思っていま

す。あるいは、なかなかよいことがない仕事の中で、たまには、あっと吃驚する

ようなことに出会いたいと思っています。

 しかし、一方で、人生を振り返ると、いろいろな後悔もあります。これに関して

は、映画「男はつらいよ・夕焼け小焼け」で、岡田嘉子が演じた生け花の先生

が、画家の大家「堀之内静観」役の宇野重吉に向っていった言葉を思い出しま

す。

 「『人生には、なぜあんなことをしてしまったのだろう』という後悔もあるが、

『なぜ、こうしなかったのだろうか』という、もうひとつの後悔もある」

 ここで、映画を観る人には、この二人の実際の過去のことがいやおうなく連

想され、二重の意味で味わい深いシーンとして脳裏に刻み込まれてしまいま

す。これは、この二人にとって、セレンディピティを失ってしまったことに関する

「後悔」として描かれたことでした。

 この主題に関しては、もう一人の主人公に登場していただくことにしましょう。

世界中の誰もが知っている方で、その名は、「マリー・キューリー」といいます。

彼女はポーランド出身ですが、フランスのソルボンヌ大学で学び、その卒業後

は母国で高校かどこかで数学の先生をする予定でした。

 あるとき、彼女が大学の講義を受けているときに、貧血で倒れてしまいます。

その時の教授が不審に思い、彼女に聞くと、空腹のあまりに、貧血を起こして

倒れてしまったことを知ります。また、心配になってアパートを訪ねると、雨漏り

がし、天井から空が見えるほどのところに暮らしていました。その惨状を見て、

その教授は、最後の数か月の勉強のまとめをするために、将来の夫であるピ

エール・キューリーの研究室を訪ね、彼に彼女を紹介し、その受け入れをお願

いします。もちろん、ピエールは、その珍客を受け入れ、彼女は、その研究室

で熱心に勉強を重ね、卒業論文を仕上げていきます。

 あるとき、その教授が、ピエールに写真の乾板に写った画像を見せに来ま

す。ある鉱石と一緒に入れていたら、その乾板が感光し、それを遮断した金属

との間で模様ができてしまったというものでした。

 それを一緒に見たマリーは、その現象にとても興味をいだきます。

 ここから、彼女のセレンディピティが高まっていくのです。その第1は、空腹の

あまり、授業で倒れなければ、教授の目に留まりません。食事に招待され、空

腹のあまりに倒れたことをいわなければ、その教授は彼女のことを知らないま

まであり、ましてや、彼女のために、卒業論文のまとめを行う場所を提供してく

ださいと、ピエールに頼んだりはしなかったと思います。

 そして、問題の乾板写真を見る機会もなかったのです。

 ここから、徐々に運命の糸がほぐれていきます。

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