科学技術会議が示した結論は、従来のD型、E型、B型で成り立つピラミット
型の人材育成システムを廃し、「∑型」技術者を創生することでした。このタイ
プの技術者は、時としてD型を演じ、E型、B型にもなれる、つまりそれらを横
断できる能力を有する必要があるとされました。また、このタイプの技術者に
は、「新たな社会経済的価値を生み出す」ことが望まれていました。
問題は、そのような∑型技術者をいかにして育成するかにあるます。これに
関しては、理念的な追求も必要ですが、むしろ実践的にそれが可能かどうか
の追求のほうがより重要であるような気がしています。
この話を聞いたときに、私は、この∑型技術者の育成を可能とする機関は、
むしろ大学よりも高専の方が優れているのではないかと直感的に思いました。
その理由は、次の典型的な事例が生まれていることを思い浮かべたからで
す。
その第1は、T高専のI君の事例です。かれは、高専のプログラミングコンテ
ストで高専在学中に3度の文部科学大臣賞を受けた学生です。最初の受賞は
2年生の時でしたが、かれは、同じ研究会の中でも中心的存在ではなく、下級
生でもあったことから細々とそれに取り組みます。先輩や友達の当てつけもあ
り、ひとりで屋上にいって泣いていたこともあったそうですが、それをやり抜き、
文部科学大臣賞を取るまでに成長していきました。
もともと彼は、成績が良くなく、自分の出身県にあるK高専には合格しないと
いわれ、T高専を受験し、合格しました。この高専の1年生になり、「課題研究」
という授業に出会います。これは、自分と受け持ちの先生で自主的に研究す
るテーマを決め、それを1年間続けるのです。しかも、この学科では、それを5
年間も継続して発展させるカリキュラムを設定していますので、その徹底ぶり
がうかがえます。
この授業において、彼は自分で調査し研究する面白みを発見します。プログ
ラミングコンテストで最初に文部科学大臣賞をいただいたテーマも、この授業
で取り組んだものを発展させたものでした。
彼の口癖は、先生に向かって、「先生、何か面白いものはありませんか」だそ
うで、私も、その言葉を実際に耳にしたことがあります。先生と一緒になって、
学生や学校のためにやることはないかと常に探している姿が定着しており、そ
のような彼が育っていることに、まず吃驚し、そのような彼が育つ教育システ
ムのなかから彼が育ったことに感心しました。
高専の2年生ですから、ほとんど専門の知識は身についていないのですが、
その欠点をカバーするために、先生の力や知識を利用し、自ら学習して物事
をなす、つまり∑型人間に必要な「取り持ち、取り込み」力が優れていたので
す。
三度目の「プロコン」挑戦のときに、面白い「エピソード」を耳にしました。か
れは、その課題を、わずか1週間程度でやり遂げるそうで、いわゆる短期集中
型で対応します。その代り、その期間の睡眠時間は、一日わずか2、3時間程
度で過ごすそうで、これは若き日のビル・ゲイツによく似ています。
あるとき、授業中の井上君が居眠りをしていたそうです。それを見つけた英
語の先生が、「プロコン」の準備で大変頑張っているのだろう、起こさずに、
そっと寝かしてあげなさい、といったそうです。授業中に寝ていても、起こされ
ないのは、彼だけだという有名な話が生まれました。その先生も、粋な「はから
い」をしたものです。このような話は、本当に少なくなりました。
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