こどものころ、クリスマスの日にケーキがなぜないのかと母にべそをかきながら、

訴えたことがあります。おそらく、ケーキを買うほどの余裕がなかったからだと思い

ますが、それでもケーキが食べたいといいつづけると、根負けしたのでしょう、たし

か50円を貰って、泣きながら自分でケーキを買いに行った記憶があります。50円は

一番小さなケーキが買える値段だったと思います。そのケーキ屋では、大きなケー

キがたくさん売れ残っていました。

 俳優の武田鉄矢さんも、「なぜクリスマスを祝わないのだ」と母に抗議をしたことが

あったそうですが、その母は、「内は浄土真宗だから、クリスマスは祝わない」ときっ

ぱりいったそうです。

 我が家の場合は、泣く泣くの抗議でしたが、ケーキを買うお金をいただいただけ

よかったのかもしれません。それにしても、直径10cm程度の一番小さなケーキで

収まった話でした。しかし、その記憶はそこまでで、ケーキが美味しかったかどうか

は、今思いだそうとしても明らかではありません。もちろん、クリスマスプレゼントも

ありませんでした。おそらく、1950年代中ごろの話だと思いますので、クリスマスに

ケーキを買える家庭は多くなかったのではないかと思います。その頃の弁当は、麦

飯にたくわん、梅干しが珍しくなく、卵の目玉焼きが一つあると最高のメニューでし

た。

 話は変わりますが、1994年の冬はドイツにいました。ドイツでは、クリスマスイブの

日の4週間前から、そのお祝いを静かに開始します。クランツと呼ばれる円環状の

緑の飾りの4隅にロウソクを立て、1週ごとに火を灯していき、丁度4週目がイブの日

になるという具合になります。市役所前の広場では屋台が出て、夜になると温かい

赤ワインが売られます。それをグラスごと買って飲みながらドイツのクリスマスを経

験したことがあります。子供たちは、パンにソーセージを挟んだものを好物としてい

ました。とにかく、その広場には大勢の人々が毎夜集まり、教会ではコンサートが

開かれていました。私の家内は、そのコンサートに歌う側として参加し、それをイブ

に聞きに行きました。やはり、イブの翌日に、売れ残りのケーキを買いに行く日本と

は、かなりちがいますね。

 そういえば、当時は1ドル79円を経験した時代でした。ドイツでは、生活物資が非

常に安く、缶ビールは60円程度、2マルク(1マルク85円程度)も出せば、けっこう美

味しいワインを飲むことができました。研究所の若い研究者は1マルク以下で昼飯

を済ましていましたし、お金がなくても暮らしていける生活がありました。今の日本

の生活の困難とはだいぶ事情がちがいます。

 我が家では、そのクランツのローソクを飾り、時々赤ワインを飲みに出かけ、そし

てドイツで一番美味しいといわれていたケーキ屋さんで、たしか10マルク程度の

ケーキを買ってお祝いをしたことを思い出します。このケーキも円環状で、その味

は、子供の頃に泣く泣く買ったケーキの味とは相当異なっていて、本場の味がした

ような気がしています。


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