夕闇迫るころに高知入り、やはり南国でしょうか、吹いて来る風も幾分

温かく感じました。新しく改装された高知駅から、はりまや橋の近くにある

ホテルに向かいました。

 このとき驚いたのは、やたら自転車が多いことでした。多数の自転車

が歩道を走って、歩いている私に向かってくるではありませんか。少し

身の危険を感じながら自転車をかき分けて歩いていたのですが、やや

あわてました。しばらくして、その危険を覚える理由がわかりました。

 それは簡単で、自転車が走っている領域内を私自身が歩いていたか

らでした。この歩道には、自転車ゾーンと歩行者ゾーンの両方が自然

に形成されていて、私は、この自転車の中を歩いていたのです。もちろ

ん車道には、自転車が通るゾーンあるのですが、それが狭すぎて広い

歩道を自転車が堂々と走ることが常態化していたのでした。

 このように、「スリル」を覚える歩道が高知駅前の通りにありましたが、

そのうちに自転車も少なくなり、ホテルに着いていました。

 ホテルでは、少し余裕があったので高知高専のH先生からの電話を待

ちながら、地酒の「土佐鶴」の「生」をちびりちびり飲んで、翌日の講演の

準備を始めました。それが半分ほど進んだころだったでしょうか、H先生

から呼び出しがかかり、「くろしお」という土佐料理店に伺いました。ここ

で御馳走になった「塩タタキ」の味に驚嘆しました。このカツオの食べ方

は初めてで、とても印象深い美味しい味でした。

 ここでH先生のお母さんの、その後を聞きました。手足のリハビリが順

調に進んでいるようで何よりでした。先のブログ「ゴールドクラウン(2)」

において、このお母さんの指が、マイクロバブル入浴を開始して2週間

後に動き始めたことを書かせていただきました。それは、それをお母さ

んの頭にゴールドクラウン(金冠)をかぶせたことと同じことではないで

しょうかとも書かせていただきました。

 そして、この結果は、万人に通じる「金的を射た」ことにも通じることで

あるとも記させていただきました。

 そのお母さんの左の指の握力が零だったのが、8まで回復したという

連絡が、その日の検査直後に電話であったようでした。この握力8は、

普通の女性の握力の3分の1程度の値だそうです。

 動かない指が動き始め、握力の回復にまで至ったお母さんやその息

子のH先生の喜びはさぞかしのことと思われます。この金冠の話は、私

も含めて周辺の方まで明るくしていく力を有しています。H先生からも、

これらのことをブログに書いてくださいといわれました。

 また私の近くにも、この神経系統の改善に取り組まれている方々がお

られますが、彼らにも大変な朗報として響いたようです。

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