F先生との思い出において、もうひとつ印象に残っていることは、I君という高専生

のことでした。規則を守らず、寮を追い出されてしまって、それでも非行が止まない

学生でした。F先生は、この学生を引き取り校長官舎で共同生活を始めたのです。

それでも、徐々にしか改まらないI君でしたので、I君の両親も、そしてF先生も苦労

しました。陰ながら、私も、応援させていただきました。

 彼らのために、誠意を尽くして支援すれば必ず変わる、私たちの思いは通じると

信じていましたので、当時流行った「3年B組金八先生」のテレビドラマによく共感し

ていました。

   校長官舎にもよく通いました。ある時は、もうだめかもしれないと諦められている

のではないかと心配して、アイスクリームを買って、F先生宅を訪ね、いっしょに食べ

たこともあります。

   その時には、I君は、どこに行ってしまったか分からないときでもありました。 アイ

スクリームを食べながら、いろいろな話をして、「匙を投げる」には至らず、思いとど

まっていただいたこともありました。そして、最後の最後まで粘って粘って、I君に対

応していただくことができました。さすが人間味あふれるやさしいF先生でした。

 この学生に対する徹底したやさしさ、思いやりは、F先生が小さいころから兼ね備

えていた人間的すばらしさに、その原点がありました。

  「つぁん」と呼ぶ弟さんに足して終生、愛情を注ぎ続けたことと、このI君を自ら更生

させようと共同生活を続けられたこととは同じ愛情に結ばれたことでした。

 校長自らが、共同生活のなかで学生を更生させる努力をしていることは、学校の

教員に強烈な影響を与えました。それを「よし」とする教員は、陰ながら手を尽くして

支援し、逆に、そのような行為を迷惑とする教員は、不快感を顕わにしました。ここ

には、本当に学生の更生をどう考え、どう実現するかで、鋭い相違が生まれる「生

きたモデル」があったのです。

 こうして、この「生きたモデル」をめぐって、教育的に鍛えられる場が毎日形成され

ていったのですから、その職場が沸き立ったことはとてもよいことでした。これによっ

て、少なくない教員、学生、保護者がいやがおうにも修行を行うことになったのです

から、そのときの職場は、人間としての血が通う学校に変身していきました。

 また、それとは異なる流れに対しては、校長が抵抗するという「恐れ」さえ生まれ

るようになっていきました。

 このようなことは、残念ながら、今では考えられないことになりました。F先生のよ

うな方も、ほとんどいなくなりましたので、今でも、それが輝き続けるのです。その輝

く意味を忘れてはいけないと思っています。

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