K:昨日のF先生の話は、面白かったですね。このような校長先生がおられたこと

は、私にとっては大変な「驚き」です。たしか、文部科学省からこられた先生と聞い

ていますが、教育については「素人」だったにも関わらず、一生懸命に取り組まれ

たのですね。そして、その人柄が、すばらしかったのですね。ほんとうに希少価値

のある話です。

 
M:そうです。素人であっても、まじめに身体を張って取り組まれれば、そこに活

路があるわけです。F先生は、よく学生寮に宿直され、寮生との交流もなされてい

ました。このように、自らすすんで寮の宿直をなさった校長はF先生のみでした。

先生の口癖は、「高専生よ、紳士、淑女たれ!」にありました。高度な学問を学び、

思いやりのある、そして社会的に価値ある仕事をするときには勇気を持って当た

りなさいということを示唆されていました。

 K:なんだか私にもいわれているような気がしますね。

 M:私の場合も、「紳士としての高専教授のあり方」が問われたのだと思います。

イギリスの教育学者にアーサー・ウイリアムウッドという方がおられますが、その

方が、教師のあり方について、次のような分類をなされています。

 凡庸な教師:ただ知識を教えるのみ

 すぐれた教師:自ら実行して見せる

 偉大な教師:心に火をつける

 この分類にしたがえば、F先生流の紳士とは、自らが心に火を燃やし続け、それ

を生徒にも示し、与え続けることのできる教師のことをいうのではないでしょうか。

 K:それは、その通りです。自らが燃えてなくて、どうして他人の心を燃やすことが

できるでしょうか。たとえ、火を消されても、また火を灯して輝かせる、そのような先

生が求められているのではないでしょうか。

  さて、この新春対談も、いろいろな話題について言及してきました。そろそろ、本

題といいますか、核心的な問題についてのまとめを行う必要があると思いますが、

マイクロバブル博士としてはいかがですか。

 M:ご指摘の通りで全面的に賛成します。とはいってもなかなか大変なことですよ、

それは。その前に、F先生について、嬉しいニュースがあります。前に、先生から

送っていただいた文集のお礼に、拙著『マイクロバブルのすべて』を送付させてい

ただきました。

  これを読まれて、奥様に勧められたそうですが、その奥様がとても気に入られて

知人の方々にたくさん紹介してくださったそうです。

  まことにありがたい話です。また、最近、マイクロバブル風呂に入られるようにな

り、これで「マイクロバブル友達」にもなっていただくことができました。

 K:なんで、それをはやくいわないのですか。私の評価基準では、マイクロバブル

風呂に入っているかどうかは、まず最初に評価するうえで絶対的なものといえま

す。つまり、マイクロバブル人(ビト)であるかどうかは、その人を判断するうえで非

常に重要なことなのです。逆にいいますと、マイクロバブルのことをいろいろ研究し

ていても、その方がマイクロバブルのことを体感していなければ、あまり信用できな

いという私なりの基準をもっているのです。これは、大変重要な「ものさし」、「尺度」

といえます。

 M:なかなか手厳しいですね。

 K:この点だけは、譲れない問題ですね。それだけ、私にとっても重要な、かけが

えもない問題ですから、ある意味で当然のことだといわせていただきます。

 M:これから、そのように手厳しい方が増えてくるのかもしれま

せんね。それは、非常によいことですが。

 K:そうでしょう。絶対そうですよ。それが普通になるような社会が必ず来ると思い

ます。その時には、「あなたもマイクロバブル風呂友達ですか」という会話が至る所

でなされるわけですから、それを思い浮かべると、大変「ハッピーな気持」になりま

すね。マイクロバブル友達同士の「マイクロバブル会話」、これは21世紀の世の中

において末長く語り継がれることになるかもしれませんね。これは大変な社会現象

になっていく可能性がありますよ。

J0406870