全国から阿智村に集まったメンバーが,一人二人と先に帰り,最後は私一人にな

りました.その阿智村から,「希望」という名の便りを書かせていただきます.

 今朝は,9時前から1時間,阿智村村長の岡庭一雄さんと二人でじっくり話し合い

ました.一昨日の「阿智村シンポジウム」の成功を踏まえて,いかに具体的な実践

を行うか,その課題について検討しました.もちろん,その結果は「グー」で,二人

とも相当なプラス思考のDNAを持っていますので,これを「かけあい」というのでしょ

うか,お互いに相当な内容での「かけ合い」効果を発揮させることができました.

 その後,高知高専の秦先生といっしょに,湯ったりーな昼神のマイクロバブル風

呂に入りにいきました.

 じつは,昨夜まで先生と宿が一緒で,秦先生は本日の11時に阿智村を発たれる

とのことで,私も,その時間に併せて一緒に帰りましょうかと意気投合していまし

た.昨夜までは,そのつもりでしたが,今朝の寝起きとともに,その考えが反対に変

わりました.その理由は,今日で4日目で,私の身体が相当改善したことを深く理解

したことにありました.なんだか嬉しくなって,ここは,さらにマイクロバブル風呂に

入り続くけた方がよいと思い,心を鬼にして,私は,午後三時の昼神ライナーに乗

ることにしますと告げさせていただきました.

 そういう事情で,秦先生を見送ってから,ゆっくりマイクロバブル風呂を楽しんでい

ると,今度は,温泉地域学会の幹部の方が,マイクロバブル風呂を視察に来られま

した.朝市でお会いしたので,ぜひマイクロバブル風呂を見てくださいとお願いして

いたので,それに応えていただきうれしく思いました.ところが,服を着たままの視

察でしたから,そうではなくてぜひ,入ってください,入らないとこのマイクロバブル

温泉のすばらしさが分かりませんよといいました.そしたら,さすがですね,かれら

は服を脱いで,マイクロバブル風呂に入ってこられました.ここで,ひとしきりのマイ

クロバブル談義をしましたが,マイクロバブルのことを不思議がられていました.

 今年は山中湖で5月に温泉地域学会が開催されるとのことで,そこへの参加を

促されましたので,そのことを前向きに検討させていただきたいと思います.

 それから,阿智村を訪れると恒例の阿智神社神主で元茨城高専教授の原健彦

先生のところに挨拶にいきました.まだ先生には102歳のお母さんがおられるそう

で,その介護から帰ってこられた直後のようでしたが,お母さんが存命ということは

大変うらやましいことでした.先生には,親孝行をしてくださいと心からお願いいた

しました.

 さらに,昼食には,「玉の湯」の「昼神うどん」を食べに行きました.このうどんがと

てもおいしく,阿智村を訪れると必ず食べに行くところとなりました.柔らかくて適度

なコシがあり,そして温かい付け汁が美味しいので,よく全国から来た先生方をここ

につれていきますが,みなさん決まって喜ばれます.

 今朝は,秦先生と一緒には帰らない選択をさせていただきましたが,それがやは

りよかったのでしょうか,以上のように,その後もいろいろと充実したことが起こりま

した.

 「ものはついで」という言葉がありますが,玉の湯から気分よく下駄をはいて帰っ

ていて,その途中の階段でもののみごとに転んでしまいました.両膝を強く打ち,手

を少しすりむいて,唇を少し打ちましたが,総合的には軽症で済みました.前に歩

いていた子供さんが駆け寄ってきて「大丈夫ですか」と駆け寄ってくださったことをう

れしく思いました.

 どうやら,この旅の「落ち」は,階段で派手に転んだことのようだと苦笑いをしまし

た.しかし,この程度の軽症でよく済んだなと思いましたが,それは,湯ったりー

な昼神のマイクロバブル風呂入って身体が柔らかくなっていたからではないかと思

いました.とっさのことでしたが,ここでもマイクロバブルさまさまでした.

 それにしても,いろいろなことがあった「津山から阿智村への旅」でしたが,そのメ

インの阿智村シンポジウムの内容については,続編で紹介させていただきます.

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