伊藤邦雄氏の「経済危機下の起業論」に関する記事において学んだことは,生半

可な「起業家精神」では,現代には通用しない,ましてや,産業構造の一翼を新た

に担うことはできないと思うに至ったことでした.そこで,その視点を踏まえて,連載

中のホジュンを中心的なモデルとして,その考察を深めることにしましょう.

 密貿易までする不良で親不孝のホジュンが改心したのは,父親が自分の身代り

になってまで,自分と母親を救ったことにありました.「なんと愚かなことばかりをし

てきたか」と気付いたときにはもう遅く,その父親とは永遠に離別する道しかありま

せんでした.しかし,その親の恩に報いるために,心から改心をしたホジュンでした

が,何をすればよいのか,それを見出すことができませんでした.

 救いは,追われた父を救うために密貿易までしようとしていた「ダヒ」という貴族の

娘を助けたことでした.このダヒさんは,その密貿易に失敗し,役人に追われま

す.そのときにホジュンに助けられますが,その時に父親が死に,その葬式をホ

ジュンが手伝いました.失意のなかで,ダヒはホジュンの好意を感じますが,ホジュ

ンは役人の追手から逃れるために,その土地を立ち去ったことから,二人は離れ

ばなれになりました.

 そこで,南に逃れたホジュン親子は,仕事も探せず途方にくれますが,なんとか

ユ医院に低賃金で雇われ,その最初の仕事が「水汲み」でした.その水汲みがきち

んとできるようになり,次は,「薬草採り」でした.当時の医院には,薬を購入する財

力はなく,それを山に出かけて自分で調達することが重要な仕事でした.先輩と一

緒に,その薬草採りに出かけたホジュンですが,ホジュンを好ましく思っていない先

輩たちは,あの手この手を使ってホジュンに意地悪をします.たとえば,薬草のな

い山に薬草を採りに行かせる,薬草のうちダメな部分だけを採るように教える,虎

がいる危険な山に一人で行かせる,このようないやがらせを本気で行ったのです.

 最初は,そのことに気がず,辛酸をなめてしまうホジュンでしたが,徐々に,それ

に耐え,乗り越える克服力を身につけてしまいます.ここが,その先輩達と違うとこ

ろでした.実践的に,薬草を採る方法,見分ける方法,危険な山での動き方など,

さまざまな技術を身につけることに成功していきました.

 同時に,薬草採りだけに満足しなかったホジュンは,薬の調合室で,患者の診療

簿を見つけ,それを模写して自分の勉強材料にします.この模写をしているところを

医院の看護士であるイェジンに見つけられますが,彼女は,ホジュンの熱心な勉強

ぶりを見て,その優秀さを理解し,医書を貸すなどの側面的な支援をするようになり

ます.この関係は,ホジュンが亡くなるまで続けられますが,ここで,ホジュンは,自

分のよき理解者と絶対的な支援者を得ることになりました.

 ここで,特筆すべきことは,ホジュンが「貧にして学ぶ人」であったことでした.もと

もと幼いころから勉強が好きでしたが,こんどは,医院での医学の勉強を実際に行

うのですから,実践的な勉強そのものでした.もちろん,ホジュンは医者になろうと

思っていましたので,他の先輩達とは比較にならないほどに勉強を重ね,そして薬

草採りやそれを用いた薬づくりに精を出したのでした.

 朝から水汲み,薬草採りに出かけ,帰ってからは,その整理,患者の世話,そして

時間があれば診療簿の模写,医書による勉強を日々行う生活を繰り返しました.

 しかし,それだけではありませんでした.先輩達に意地悪をされて危険な山行き

をさせられたホジュンは,医学に関する最初の師となったアン・ガァンイク氏に山の

中で運命的に出会います.彼は,山中で動物を見つけては,その解剖を行う動物

研究者でしたが,その元は立派な宮廷医官でした.このアン師に,ホジュンは医学

を教えていただくことを何度も頼みこみ,それを承諾していただきました.

 そして,病院の仕事が終われば山に登り,アン氏から直接講義を受けるという二

重の生活を行うようになり,その様を見た周囲は,ホジュンが変人,そして狂人に

までなったというようになります.そこまでして,アン師から学んだ医学は,森羅万

象にまで及ぶ奥深いものであり,自然とは,宇宙とは,生きものとはという本質に

迫るものでしたので,それを学ぶことによって,ホジュンの学識は一気にレベルアッ

プしていきました.科挙に合格し,宮廷医官になった者が,そこを飛び出し,在野で

さらに自分が思う医学を何十年も続けてきたアン師でしたから,当時としては最高

レベルの教えを得るという貴重な修行をすることになりました.

 まさに,寝る間も惜しんで生きた「レッスン」を受けることできたのですから,これは

ホジュンの成長にかかわる「特別の修行」となりました.これで,医学の基本に関す

る科学的知識が養われ,それは,「父親の恩に報いる」という「確固とした信条」と

深く結びつくことになりました.

                                         (この稿つづく)

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