村重酒造の視察を終え,大手証券会社のHさんらと,周南市の講演会場のホテルに向かいました.

  三冠酒の「錦」は売り切れで残っているものはないかと尋ねたところ,「日下無双」というマイクロバブル生酒がまだわずか残っているとのことで,それをお土産に3本買わせていただきました.

 帰りの車中で,村重酒造の視察の結果を振り返りましたが,このマイクロバブル酒「錦」が,今後どのような運命を担っていくのか,いろいろな想像が頭の中をめぐっていきました.

 いずれにしても,この酒の行く手には,単に,村重酒造や山口県における影響ではない,全国的に影響を及ぼし,苦戦の「日本酒業界」を好転させるチャンスを担うであろうことから継続して注目していきたいと思いました.

 そのためには,この「錦」が起爆剤となり,そのブレイクスルーを実現する必要があります.

 周南市のホテルについて,少し休んでから,Hさんの講演が始まりました.さすがに,日本を代表する大手証券会社の社員で,日本の産学連携に関して一番詳しい方だけあって,最先端の興味深い内容が披露されました.

  その個々の内容は,日本と世界に関する最新の情報ですから,それらと山口県周南市における状況とには相当なギャップがあり,私には,それが,「黒船と江戸幕府」の違いではないかと思われるものを感じました.

 この講演を終えて,ある「しっかりした方」がわざわざ私のところにきて,「真によい講師を推薦していただいてありがとうございました」といっていましたが,それは,その「ギャップ」に関係することだったのかもしれません.

 2つ目は,日本の大学ランキング(世界も同じ)が,どのような指標で決められているかということでした.これに関しては,まったく知りませんでしたので,強い興味を持ちました.

 さて,みなさんは,今の大学ランキングは,どのようにして決められていると思われますか.H氏によれば,それは「大学発ベンチャービジネス会社の数」だというのです.その目安は100社だそうですが,それはまだ,どこの大学においても実現されていません.

 これを聞いて,「なるほど,そうか」と思いました.最近は,大学のことを「知の創造拠点」と呼ぶこともありますが,その最たるものが「大学発ベンチャーの成功」といえます.

 創造的アイデアをいくつも創出し,それを実用化し,普及させるために,ベンチャービジネス会社を打ち立てることが重要だというのです.しかも,それらがわずかでは話にならず,50社,100社と集積させることで大学の強みが出てくると考えられているのです.

 このVBは,これまでの知識や技術において,新規性,独創性が要求され,しかもそれがアイデア倒れに終わることなく,社会の中で実用として生き残っていく,さらには影響を与えていく存在になることですから,それを大学ランキングの指標とすることには,それなりの道理があると思われます.

 さて,Hさんによって,そのランキングの一覧表が示されました.国立系では東大が第1位,私立系では,早稲田,慶応に続いて立命館大学も上位を占めています.

 これらに続いて下位の方も示されましたが,いつまでたっても高専が出てきません.どうしたのであろうかと思いましたが,高専のデータは,その欄外に示されていました.

 しかも,そのVBの数は1かゼロであり,さすがに,Hさんもコメントしようがなく,「みなさまの想像にお任せします」としかいえませんでした.

 しかし,それを聴いている私の方は愕然としました.その理由を率直に述べさせていただきますと次の2点にあります.

 ①VBの数が「1」とカウントされていた高専が数校しかなく,あとの残りは,みな「ゼロ」であった.

 ②VBの数がランキングを左右する重要な指標であり,VBを創成すべきであるという概念が,高専の現状においてはほとんど確立されていない.つまり,高専において,「VBが必要」というコモンセンスすら確立されていないか,実際には極めて貧弱な段階に留まっている.

 このような状況を迎えていることの原因は,大学においては,国が手厚く大学発ベンチャーの育成を支援し,高専には,それが皆無であったことにあると思われますが,それにしても,それで,「これから高専はやっていけるのか」,少なくない不安が過ぎりました.

 このままで,3年,5年が過ぎていくとなると,いったいどうなっていくのでしょうか.この点に関しても,上述の江戸幕府と黒船の関係を想起せざるを得ませんでした.

 私が,本質的に危惧したことは,単にVBが多い少ないという表面上の問題ではありません.それは,VBを打ち立てようという「起業家精神」があるのか,「確立されている」のか,逆に「萎えてしまっている」のではないか,そしてそのような「土壌に安住していてよい」のかということでした.

 この視点に立脚すれば,高専の現状は必ずしも安心立命とはいえません.その意味で,Hさんの話は,私に強い刺激を与えることになりました.この警鐘が,他の会場のみなさまにもどの程度響いたかはありますが,少なくとも私にとっては強烈なものとなりました.

 Hさんの講演が終わって,先ほどの村重酒造における利き酒や懇親会では物足りなかったので,彼を二次会に誘いました.それが,ユニークおでん屋の親父がいる「竹の第」でした.

 かれは,花の東京の四谷で約40年間,おでん屋を開いてきたツワモノですから,そして,ここには全国の美味しい日本酒がありますので,それを口実にHさんを誘ったのです.

 「村重酒造の『錦』をお願いします」

 亭主の日和佐さんが,珍しく申し訳なさそうな顔をして,こういいました.

 「先生,『錦』は売り切れてしまって,ここにはありません.申しわけありません」

 「やはりそうか,せっかくの『錦』が,ここにもないのでは仕方がない」

 ここは諦めるしかありませんでしたが,ここはぐいっと飲めなかったので,かえって後ろ髪惹かれる思いが募りました.おそらく,酒好きのHさんも,そうだったに違いありません(つづく).


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