「先生,こちらに来てください!」

 日下杜氏に,そういわれ,そこに行くまで,酒粕のことに夢中になり,それよりも重要なことが起きていることに気づきませんでした.

 「これが,しぼりたての酒,大吟醸『錦』です」

 指で示されたタンクには,まさにしぼりたての酒が流れ落ちていました.先日の訪問の際は,今年の新酒の「錦」は,まだ先のことだという説明を受けていましたので,これはまったく予想外でした.

 迂闊にも,錦の酒粕ができているのですから,その酒ができていてもおかしくはないのですが,酒粕の美味しさに気を取られてしまって,それに気づきませんでした.

 「なぜ,いま,ここに『錦』があるのか?」

 それを考える時間もなく,目の前で柄杓に注がれた「錦」が出されました.こうなったら,あれこれ考える余裕はありません.それをしっかり飲むだけで十分です.みなさんも,この酒にすぐに色めき立ちました.

 「たしかに,あの『錦』の味である.しかし,何かが違うのではないか?それは,しぼりたてのせいか?」

 こう考えながら,コップの酒を飲み続けました.めったにない現場での利き酒ですから,しかも,昨年日本一になった酒ですから,さらには,その極上の美味しさを,今まさに味わっている酒を飲んでいるのですから,これで興奮しないわけがありません.

 私だけでなく,作家の植松さん,そしてナムさん一行も,なにか落ち着かない様子で感激されていました.

 日頃酒を飲まない女性が美味しいと酒を飲み,感激する,これも,「錦の力か!」と感嘆しました.

 その私も,日頃から少ししか飲まないのですが,思わずもう一杯いただくことにしました.35度の酒ですから,酔ってはいけないと思いながらも,その味を堪能させていただきました.

 この蔵を出るとき,今年のマイクロバブル酒「錦」の話になり,「この前の説明だともう少し後に出てくるのかと思っていました」というと,杜氏が目を輝かせながら,こういいました.

 「いやぁ!先生とみなさんの訪問に合わせて絞ったのですよ」

 「えっ!わざわざ,そうなんですか.それは驚きました.うれしいですね」

 これを聞いて,みなさまが,また喜び,色めきました.

 本社のショールーム室に戻ってからも,この利き酒が用意されていました.それらは,しぼり開始時の「錦にごり酒」,そして先ほどの「しぼりたての錦」,そして大吟醸酒の「金冠黒松」の3つでした.

 最前者は,にごり酒独特の風味や甘みが特徴であり,これまたすばらしい味で,先ほどの「錦」と甲乙付けがたいものでした.

 また,最後者は,製造から1年経過したもので,その香りや味がほとんど落ちていなく,さらに1年寝かした柔らかさがあり,ここにもマイクロバブル技術の工夫の跡が見られました.

 帰りの車中,あの蔵のなかで飲ませていただいた「錦」の味を反芻させていただきました.

 「この酒は,昨年よりも進化している.今年もおそらくコンクールを総なめし,連覇するであろう.そして,不況の日本酒業界において注目され,輝くにちがいない」

 これもマイクロバブルを駆使して,酒造りに挑んだ苦労の成果であればこそと思いました.

 とても,ここちよい一時であり,こうして日下杜氏や福光さんの心遣いにも酔いしれることになりました.

 おかげで,ベトナムのみなさまにも,日本の酒造りに関する「心意気」を示すことができ,なんとなく誇らしい気持ちになりました.

 村重酒造のみなさん,ありがとうございました.テレビの歌の文句ではありませんが,思わず,「酒は錦,心意気!」と口ずさんでみたくなりました(つづく).


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