マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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更新情報

K親子、つまり巨人・阪神戦におけるクライマックスは、次の第3回戦でした。それまでの戦いについて、少しまとめてみましょう。 1.オープン戦:稚貝をマイクロバブルで育てることで両者は一致、戦いは起こらなかった。 2.第1回戦:挿核前に、マイクロバブルを与えるかどう

昨日は終日、旅の疲れを癒すために、マイクロバブルとともに過ごしました。3日 間の旅で、海苔養殖、アワビ養殖、エネルギー問題、住宅問題における新たな契 機を得ることができました。 今朝は、いつもの緑地公園にいますが、夏らしくなった空の下、涼しい風が吹い

昨夜は遅く東京から帰ってきました。数々の成果を得た旅でしたが、そのなかで最高のものは、開花寸前のリュウゼツランを拝見したことでした。場所は、神奈川県逗子の小坪海岸でした。リュウゼツランの高さはヒトの高さほどあり、その上に数mほどの塔のような花の茎が伸びて

真珠の養殖には2年から3年かかります。それを育てるアコヤガイには、2年貝と3 年貝があります。この長い年月の間に、いくつもの工程を経ながらアコヤガイを育 て、真珠層を形成させていきます。当然のことながら、最後に見事な真珠が出てこ なければ、その努力は報わ

昨日は朝早く、新幹線に飛び乗り、名古屋に向かいました。うなぎの件で最近有 名になった一色町にいくためです。新幹線のなかは、狭い空間に閉じ込められるせ いか、非常に集中力が湧いてきて仕事をするのに良い空間ですので、このブログも 書けると思っていたのです

 野菜をメインとする生活が続いています。具体的には、チンゲンサイ、小松菜、 水菜、フリルレタス、サンチュなどですが、これらが冷蔵庫の中で比較的に長持ち していますので、ほぼ毎日が、この野菜鍋の料理で満足しています。もちろん、こ れらの野菜は、㈱APJの

  梅雨も明けて空が夏らしい青になってきました。 この旅日記を書き始めて2か月 が過ぎました。おかげで、読者のみなさまの反応がさまざまに現われるようになり ました。  あるブログでは、この旅日記のことが「おすすめ」として紹介され、「小気味よい文

昨日(7日)は、朝から夕方まで、実験装置の組み立て作業に没頭しました。最近、 このようなことを行うのは珍しく、一心不乱に「手足を動かす」ことが、「なんと健全 で、さわやかな気分になることか」と,改めて思いました。 おまけに、手足をよく動かしますと、頭が余

  周知のように、日本の真珠養殖業は、御木本幸吉翁によって創業されました。わ ずか3つの真珠がアコヤガイから出現したことが契機となり、それは、特許にもな り、戦前においては、国としての重要な産業にまで発展しました。 戦後も、三重県を中心に技術的普及がな

   この度、中小企業庁が山口県から出されて「地域産業資源」において、「マイクロ バブル発生装置」を認定しました。これは、一種の技術認定であり、その意義は 決して小さいものではありません(詳しくは、中小企業庁のHP参照)。  すでに同じ認定がなされてい

  山根さん(㈱APJ)から、どっさりとマイクロバブル野菜が届き、1週間前から、すっ かり「野菜生活」を過ごしています。例によって、生野菜と水炊き野菜を主とする夕 食を心から楽しんでいます。この形態は、昔の下級武士と同一の「一菜一汁」です。  とく

昨日(4日)は、山口県の技術振興担当の方の紹介で、老舗の酒造会社の方と面談しました。今日、日本酒製造業界もなかなか大変で、なんとか打開をしたいとのことでした。 このなかで、最近国内外で成功しているメーカーの話が出ました。日本酒といえば、秋から冬にかけて仕込

 今日(5日)も雨模様のようです。ゆっくりとマイクロバブル風呂に入り、自分で、少 しばかり高級の紅茶をたっぷり時間をかけて入れました。音楽は、バッハの「2つの バイオリン協奏曲」、私のとても好きな曲が流れています。 そして、ほとんど習慣になってきた本ブ

 その後もKさんの快進撃は続き、彼にとっては、いくつもの重要な変化が起こりま した。その詳しくは後編で紹介することにします。本日からは、「マイクロバブル人 (2)」の主人公であるK2さんの登場です。  この方のことを報告するには、その前にどうしても、そ

今日は、Kさんのマイクロバブル入浴開始36日目の挑戦を紹介します。 Kさんはダイバーですから、ゴムのウエットスーツを着用しないで潜ることはでき ません。加齢とともに、この着用による発疹が出て、それが治らないようになって いました。 しかし、マイクロバブルは、

本日、嬉しい「知らせ」がありました。山口県の商工労働部経営金融課の担当者からの訪問を受け、経済産業省の中小企業庁において、新たに「マイクロバブル発生装置」が「地域産業資源」に関する技術の認定を受けたとの報告を受けました。その場で、持参のパソコンを用いて、

  Kさんがマイクロバブル入浴を開始して20日が過ぎました。以下の特徴が、報告さ れています。  ①手の甲、足の甲において生き生きした肌になってきた。  ②かさかさの水気を失った肌が、みずみずしく柔らかな若い肌になった。  ③頭髪が黒くなってきた。前

 本日、ある会社の社長さんが来られ、赤飯談義に花を咲かせました。聞くところによりますと、コンビニの「赤飯むすび」の蒸し器をつくられてきたそうでした。 私は、赤飯が好きなので、ときどき、この「むすび」を買うことがありますが、どうも「いまいち」だなと思ってい

 Kさんの報告をいただいた頃に、私も、原因不明の皮膚病にかかりました。おそらく、生水(マイクロバブル水ではない)を飲みすぎたからではないかと思っていますが、正確な原因は定かではありません。 そのある日から、原因不明の湿疹が身体中に出始めました。痒くて、我慢

  入浴開始から10日目のKさんには、「もっと詳しく報告したい」ことがありました。 その約2か月前、Kさんは、新しいゴムのウエットスーツを着て海に潜ったそうです。ところが、体調も良くなかったからでしょうか、全身に、そのゴムアレルギーの発疹が出てきました。 この

 本日は、雨の土曜日です。1週間の疲れが押し寄せてきたのでしょうか、朝から二度寝、三度寝を繰り返し、眼を醒ましたのは、昼下がりでした。  「家の掃除をするので、どこかでブログの記事でも書いてきたら!」 家内から、こういわれ、いつもだと、「この雨のなかで?」

 Kさん宅にマイクロバブル発生装置を設置して10日目の報告がありました。Kさんも大変忙しく、マイクロバブル風呂には、3日に2度の割合で入られていたようです。これを10日間で換算しますと、6~7回程度の入浴経験でした。以下、その原文の一部を紹介しましょう。 「今日、

  Kさんからの第1報は、2007年の7月10日に届けられました。以下、その内容の一 部を紹介させていただきます。 「待望の装置が我が家に到着いたしました。毎日楽しみに装置を使ってMB風呂 に入っています。疲れなくなってきました。60歳を越えて毎日が体力的にきつい

Kさんとの再会は、東京のホテルグランドパレス(金大中事件が起きたホテル)で、じつに6年ぶりに実現しました。ジーパンで帽子をかぶられていましたが、やけに老け込んでおり、おまけによく見ると顔や手に湿疹ができて、見るからに昔の面影はなく、目の前には、まるで「別の

「マイクロバブルに虜になった人」、「マイクロバブルなしには生きていけない人」、 「マイクロバブルでアンチ・エイジング(抗加齢)に挑む人」、「マイクロバブルをこよ なく愛せる人」、このような人を「マイクロバブル人」と呼ぶことにしています。 近い将来、こ

「マイクロバブルとは何か」について、すこし丁寧に解説してきました。ここで、それ らを以下に要約しておきます。 (1)マイクロバブルとは、ごく小さな気泡のことです。 (2)発生後のマイクロバブルは、自ら収縮して「マイクロナノバブル」に変化しま す。この

タンポポが坊主状の種子を実らせていましたが、それが風邪で吹き飛んでいったのでしょう。久しぶりに、いつもの緑地公園を訪れ、それらがなくなっているのに気付きました。本日は、いつもより遅く昼休みの時間帯です。どこかで野球の試合をやっているのでしょう、歓声が聞こ

阿智村昼神温泉は阿智川の畔にできた温泉郷です。その上流に阿智川ホテルと いう大きなホテルがあります。これが、最初にできたそうで、その創始者の山口会 長の昼神温泉開発の話は非常に面白いものでした。 そのホテルから30mほど上流に、十字屋という珈琲店があり

この3日間、阿智村「湯ったりーな昼神」のマイクロバブル温泉には入れず、普通の温泉に入り続けました。入浴回数は、1日3~4回、1回あたりの時間は5~10分、3日間の合計では、60~90分でした。 なぜ、このように1回あたりの入浴時間が短いかというと、その理由は、次の2

雨がしとしとと降り続く阿智村のホテルのロビーにいます。なぜか、人ひとりいな い、静かなロビーで、雨を眺めています。 帰りのバスの時刻まで、少し時間があるようで、本ブログを振り返ってみることに しました。 開始は5月の連休明けから、1ヶ月余が過ぎ、本

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